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なぜ、今、E.A.T. に着目しているのか? 「芸術と技術」は、私自身、学生時代からのテーマの1つであり、常に脳裏に漂う活動の態度の1つでもある。 さて、「芸術と技術」(或いは、芸術と科学)の言葉を遡ると、20世紀初頭の「未来派」のその萌芽があり、現在においては、例えば、Rhizomatiksをはじめとして様々な組織や活動が生まれており、「芸術と技術」から派生される新たな先端表現やその魅力は社会に大きな影響を与えている。そうした活動を辿っていくとExperiments in Art and Technology(以下、E.A.T.)の存在があり、決して無視はできない理念の根源、源流の1つであると言っても良い。 ただ、個人的に芸術と技術を標榜しながらも、E.A.T.について、その理念や活動の成り立ちは不勉強であった。不勉強のままではこれはいかん・・と思い、本日、一気に調べている。そして、どうせなら、備忘として、まとめておこうということで、ツラツラとキーボードを叩いているのである。 では、ここから本題ということで、E.A.T.についてまずは概略程度にみていきたい。 1960年代は、社会、文化、テクノロジーにおいて大きな変化が見られた時代であり、芸術と技術の交差は目覚ましい発展を遂げた。この変革期において、現代美術において革新的な素材と主題へのアプローチで知られるロバート・ラウシェンバーグと、芸術的な協働に対する先見の明を持っていたベル電話研究所のエンジニア、ビリー・クルーヴァー、そして、創的な演劇作品で知られる、ロバート・ホイットマンという重要な人物がいた。 彼らの協働と化学反応が、E.A.T.の設立へとつながっていく。 E.A.T.は、ニューヨークを拠点として、美術、ダンス、電子音楽、映像など幅広い表現ジャンルを横断し、アートとテクノロジーを結ぶ数多くの実験作品を世に発信していった。彼らの代表的なプロジェクトとして、40名もの技術者たちが参加して、1966年に行なわれたイヴェント「9 evenings : theatre and engineering(九つのタベー演劇とエンジニアリング)」、1968年のブルックリン美術館における「サム・モア・ビギニングズ展」の企画、1970年の大阪万国博における「ペプシ館」などがある。さらには、最盛期には数千名もの会員を擁しており、E.A.T.のコンセプトや精神は、その後1980年代以降の「芸術と科(Art and Technology)」の分野に大きな影響を与えたと言っても過言ではない。 1970年代半ばに、その活動は終止符を打ったが、E.A.T.が、芸術家とエンジニアが協力して新たな可能性を探求するための環境を醸成していたことは間違いなく、その足跡は、現在、芸術と技術を探求するもの、可能性を見出すものにとっては、追認すべき活動だと、私は考える。 そこで、本稿では、E.A.T.の活動を追いつつ、現代における「芸術と技術」にまつわる諸課題を捉え直し、己の創作活動などへの態度のヒントを得ていきたいと思う。 E.A.T.の成り立ちとは? E.A.T.は、ロバート・ラウシェンバーグ(芸術家)、ビリー・クルーヴァー(エンジニア)、ロバート・ホイットマン(芸術家)によって、芸術家、エンジニア、科学者の間の協働を促進することを目的として設立された。彼らは、この学際的な相互作用が社会全体に大きな利益をもたらすと信じていた。 ここで、中心人物の1人であるビリー・クルーヴァーに注目したい。 ビリー・クルーヴァーは、スウェーデンのストックホルム王立工科大学で電子工学の学位を取得し、アメリカではバークレイにあるカリフォルニア大学でも同様の専門知識を深めた。1960年代、彼はニュージャージー州マリーヒルに所在するベル電話研究所で勤務し、レーザーのノイズ計測器の開発や電界強度と磁気強度の比較研究に従事していた(※1)。 その一方で、彼はニューヨークにおける現代アートの急速な発展に目を向け、多くの先鋭的なアーティストとの交流を通じて、芸術界の新たな動向を肌で感じていた。これにより、アーティストたちの創造的なビジョンを実現するための手段として、自身の新技術に関する知識が有用であることに早い段階で気付くようになったのである。 また、彼は新しいテクノロジーの発展と、その技術が個々人にとってより望ましい形で普及していくための力について深く考察していた。1959年発表の論文『人間とシステムについての断章』において、彼はエンジニアや科学者が、自ら開発するテクノロジーやその進展する方向性に対して全面的な責任を負うべきであると主張している(※1)。すなわち、テクノロジーは一方向に固定されるものではなく、常に変化と多様な可能性を秘めたものであることを、科学者たちは認識すべきだという考えであった。このような考え方が、E.A.T.の「テクノロジーを人間的にする(make technology human)」の大きな理念に接続され、芸術と技術の融合は知的・文化的な意義のみならず社会的・倫理的にも価値ある「善」であるとの確信につながったと考える(※1) しかし、エンジニアたちは、長年にわたる正式な教育を通じ、科学特有の用語や方法論に慣染み、その結果、画期的な発見や発明がたとえあったとしても、それらの貢献はしばしば暗黙の了解による学術システムの枠組み内に留まってしまう傾向があると指摘する。 対して、アートの領域はこれらのシステムの外に位置しており、アーティストの発想は既存の西欧思想の枠組みを超えたり、大きく再構築したりする柔軟性を持っている。実際、彼にとってマルセル・デュシャンがレディメイドとして提示した雪かきシャベルは、単独の行為で伝統的な芸術概念の壁を打破しうる力を象徴していると評していた。エンジニアが脱領域的な態度を体得するためには、アーティストとの共創が突破口となると考えていたのである。 Billy KLÜVER(1927〜2004) 1966年頃、彼はすでにエンジニアとして、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、アンディ・ウォーホル、イヴオンヌ・レイナーら著名なアーティストとの共同作業に従事していた。この経験から、アーティストは知的自由とそれに伴う責任感をもって、個人にとって役に立つような新しいテクノロジーをかたちづくることができるということを実感したという。 この経験に基づき、彼はアーティストが最先端のテクノロジーを活用して作品を制作すること、そしてそのテクノロジーを開発するエンジニアや科学者に直接アクセスすることの双方が極めて重要であると認識した。そして、その最も効果的な方法として、アーティストとエンジニア/科学者が1対1の関係で協力し合い、それぞれの専門知識を持ち寄るコラボレーション、共創のかたちを見出したのである。この発想が、その後の、E.A.T.の基本的な運営理念となり、組織の存在理由を形成する根幹となったのである。 このように、E.A.T.は、単なる芸術運動として統一された美学を持つのではなく、むしろ実践的で促進的な役割を果たすサービス組織として構想されたのである。 E.A.T.の設立の背景には、当時の時代状況も影響している。冷戦や軍事的な思惑が芸術的野心と絡み合うこともあった時代において、テクノロジーの変化から個人が分離していくという状況を探求したいという願望も存在していた。創設者たちの多様な背景、すなわち2人の芸術家と1人のエンジニアが当初から関与していたことは、バランスの取れた視点を保証し、分野を超えたコミュニケーションを促進する上で不可欠であった。 芸術とテクノロジーの協働を通じて社会に貢献するという考えは、単なる芸術的革新を超えた、より広範なビジョンを示すE.A.T.の核心的な理念であったのだ。 主要人物と活動拡大の根拠について E.A.T.の発展と活動には、4人の創設者以外にも重要な役割を果たした人物が数多く存在した。弁護士のフランクリン・コニグスバーグは、法人化の手続きを支援し、スーザン・ハートネットは、E.A.T.の事務局長となり、後に芸術家とエンジニアの関係を担当した。クラウディオ・バダル、ラルフ・フリン、ピーター・プールはスタッフとして加わり、事務所、作業エリア、機材倉庫、会議エリアを含むロフトスペースの改修に貢献した。特にラルフ・フリンは、「9イブニングス」のために製作された技術機器の芸術家による使用を支援する役割を担った。   エンジニアのロビー・ロビンソンとパー・ビヨーンは、音と光の変調、特殊な録音、電子回路に関するプロジェクトで芸術家を支援するためにボランティアとして参加する。ジム・マギーとディック・ウルフは、パネルディスカッションのための音響切り替え、テレビ投影、プロジェクターと音源の制御を組織するのを手伝った。弁護士で調停者のセオドア・W・キールは、E.A.T.に熱心になり、資金調達のアイデアを含むアドバイス、支援、サポートを提供し、後に実行委員会の委員長となった。ジョン・パワーズは正式に理事会の議長に就任した。ウォルター・H・アルナー、リチャード・ベラミー、ルービン・ゴレウィッツ、マリオン・ジャヴィッツ、ハーマン・D・ケニン、ジェルジ・ケペス、エドウィン・S・ラングサム、ポール・A・ルペルク、マックス・V・マシューズ、ジェラルド・オーデオーバー、シーモア・シュウェバー、シモーヌ・ウィザーズ・スワン、マリー=クリストフ・サーマンも理事会のメンバーであり、様々な分野からの幅広い支持を示した。E.A.T.ニュースの編集者となったジュリー・マーティンは、コミュニケーションの重要性を強調している。ローズ・ペトロックは事務アシスタントを務め、ピーター・プールは技術情報、図書館、研究の責任者であり、マッチングと技術サービスも監督した。フランシス・メイソンはE.A.T.の暫定社長を務めた。   芸術家のジョン・ケージ、イヴォンヌ・レイナー、ルシンダ・チャイルズ、デボラ・ヘイ、デビッド・テュダー、スティーブ・パクストンなどもグループと関わっていた。注目すべきエンジニアには、ベラ・ジュールズ、マックス・マシューズ、ジョン・ピアース、マンフレッド・シュローダー、フレッド・ワルドハウアーなどが含まれる。このように、E.A.T.の成功は、創設者だけでなく、芸術、テクノロジー、法律、行政といった多様な分野の専門家からなる広範な支援ネットワークに支えられていた。9イースト16番街のロフトスペースの設立は、管理、技術作業、会議のための中心的な拠点を提供し、E.A.T.の運営能力にとって不可欠であった。   このように、単なる、Collectiveの範疇ではなく、大きな組織体として、その活動を拡大していった様子がうかがえる。 芸術と技術が生み出した新しい景色とは E.A.T.は、その使命と影響を示す重要なイニシアチブを数多く世に発信している。 「9 evenings : theatre and engineering」(1966年10月) ニューヨークの第69連隊武器庫(そこはレキシントン街と25丁目の角にある広大な空間であった)で開催されたこのパフォーマンスシリーズは、E.A.T.の最初のプロジェクトであり、極めて重要な出来事であった。10人の前衛的な芸術家とベル電話研究所の30人のエンジニアが協力し、参加した芸術家には、ジョン・ケージ、イヴォンヌ・レイナー、ルシンダ・チャイルズ、ロバート・ラウシェンバーグ、ロバート・ホイットマン、デビッド・テュダー、デボラ・ヘイ、スティーブ・パクストン、オイヴィン・ファールストローム、アレックス・ヘイなどがいた。パブリシティ・キャンペーンも行っていたことから、毎晩駆けつけた観客は1500人以上、それまでは前衛的なパフォーマンスを見たことが無い一般の方々が大多数であったらしい。 このパフォーマンスでは、閉回路テレビ、テレビ投影、光ファイバーカメラ、赤外線カメラ、ドップラーソナー、ワイヤレスFM送信機といった新しいテクノロジーが先駆的に使用された。このイベントは、当時の演劇的慣習を超えて、テクノロジーを現代のパフォーマンスの実践に統合しようとする重要な試みと見なされている。   いくつかのパフォーマンスのうち、例えば、ジョン・ケージによる<ヴァリエーションズⅦ>は、「演奏時にリアル・タイムに様々な音を活用する」ということを考え、会場までニューヨーク電話会社が10本の電話線を引き、レストランのルチョーズ、野鳥の情報機関エヴィアリー、コン・エディション発電所、アメリカ動物愛護協会の迷子保護所、ニューヨーク・タイムズ社の記者室、マース・カニングハム舞踊団のスタジオなど市内各所と電話で接続。受話器に付けた磁気マイクがこれらの場所の音を音響操作システムに送り返すという仕組みを作っている。ケージはまたコンタクト・マイクを、仮設ステージ自体に6個、ミキサーやジューサー、トースター、扇風機などの家庭用機器に12個、それぞれ取り付けた。さらに20台のラジオ、2台のテレビを取り込み、2台のガイガー・カウンターも用意。これらにいくつかの発振機とパルス発生機とを加えて音源を揃え、パフォーマンス・エリアの随所に、30個の太陽電池とライトを足首ほどの高さに設置。これらが、パフォーマーたちの動きにつれて、そのときどきに異なった音源を作動させる仕組みを作り、パフォーマンスを行った。 「9 evenings」における経験と協働が直接的なきっかけとなり、ニューヨークのアーティストの間で、新しいテクノロジーを作品に活用しようという機運が大きく膨らむ。そして、同年(1966年)にE.A.T.が正式に設立されることになる。さらに、翌年の1月には、E.A.T.の組織づくりとアーティストとエンジニアを結び付けるための活動を伝えるニューズレターの発行をはじめ、会員のエンジニアやアーティストに手段や方法についての具体的な情報を提供する『E.A.T. Operations and Information』と、新しいテクノロジーを用いるアーティストとエンジニアのあいだでのコラボレーションやプロジェクトについての論文などを載せた新聞「TECHNE」の刊行をはじめ、その活動は広く知られることになる。 Epicentre Editions · John Cage - Variations VII (Excerpt) https://www.youtube.com/watch?v=A7WNTR_H9XM ペプシ館(1970年大阪万博) これは、E.A.T.の活動の頂点であり、大規模な国際的な協働プロジェクトであった。パヴィリオンのデザインに貢献したエンジニア、アーティスト、科学者たちは、総勢63人にのぼり、多くのアーティストとエンジニア、科学者が協働にて設計に取り組んだ。E.A.T.の芸術家とエンジニアが設計・プログラムした没入型ドームが特徴であった。中谷 芙二子による霧の彫刻、ロバート・ブリアーによる電動フロート、フォレスト・マイヤーズによる光フレーム彫刻、デビッド・テュダーによるサウンドシステムなどの要素が含まれていた。 ペプシ館の断面図をみると、観客は右側のトンネルをくぐって入り、レーザー光の模様が動く貝、すなわち貝(クラム)のような形の暗い部屋に降りてゆく。階段をのぼると、そこは、ロバート・ホイットマンのアイディアによる「ミラー・ドーム」。直径27mあまり、210度のアルミ皮膜でおおわれたマイラー(強化ポリエステルフィルム)製の球体ミラーで、床と観客の実像がさかさまになって頭上の宙に映るように設計されていた。 Ref.: E.A.T.─芸術と技術の実験, ICC, 2003 また、32の入力チャンネルをもつ一つの「楽器」となるようなサウンド・システムを設計し、それをミラーの背後のドームの表面に、37のスピーカーを菱形状に並べた。音響はドーム中でさまざまに異なる速度で移動させることが可能であり、あるいは、一つのスピーカーから別のスピーカーにいきなり移し、点音源をつくりだすこともできる。アーティストのトニー・マーティンが設計したライト・システムも、またサウンド・システムも、あらかじめプログラムに組んだり、ドームの片側にある制御装置からリアル・タイムでコントロールが可能となっていた。 ロープになった床や天井は、ロバート・ホイットマンの設計で、パヴィリオンの外と階上のミラー・ドームとのあいだの変わり目になる。そこは、ミラー・ドームの中心部であるガラス天井からほのかな光が来るだけで暗い。音で起動するレーザー光線の屈曲システムが直径3mほどの動く模様となって床や観客に降りそそぐ設計となっている。さらには、ローウェル・クロースが、このビームをクリプトン・レーザーから四つの色に分け、それぞれのカラー・ビームを直角に置かれたミラーに送り、1秒間に500サイクルまで振動するシステムを設計している。(こればかりは、体験してみないとなかなかイメージができない) 中谷 芙二子氏は、ム・ミー博士を見つけてきて、彼がノズルによる霧の噴射システムを考案したという。1平方インチあたり500ポンドの圧力をかけた水を口径10ミル(250ミクロン)の穴から噴出させ、それが小さなピンに当たって砕け散り、空中に留まれるくらいの微細な水滴となるのである。ジェット噴射ノズルの数は2520個。ノズルは、1本3mほどのプラスティック・パイプに約30cm間隔でついている。それらのパイプが、パヴィリオンの屋根の稜線と谷に取り付けられた。このシステムによって、厚さおよそ1.8m、直径45mほどの、低くたれこめた雲のエリアをつくることができた。 ペプシ館は、大規模な公共プロジェクトに関与し、多感覚的な環境を作り出すというE.A.T.の野心を示した。ドーム、霧の彫刻、レーザー、サラウンドサウンドの説明は、より多くの観客に向けた没入型体験への伝統的な芸術空間からの移行を示唆していた。   https://www.youtube.com/watch?v=Rr72kYcgfCA その他の重要なプロジェクト ブルックリン美術館で開催された「サム・モア・ビギニングス:芸術とテクノロジーの実験」(1968-69年)は、芸術とテクノロジーに関する最初の国際展であった。E.A.T.の芸術家とエンジニアのマッチングサービスであるテクニカルサービスプログラムは、6,000人の会員を誇り、約500点の作品が制作された。EATEXディレクトリプロジェクトは、新興の情報テクノロジーを使用して、芸術家、エンジニア、科学者間の分散型コミュニケーションを促進することを目的としていた。エンジニアによる芸術作品への最良の貢献に対するコンテストも開催された。インドの教育テレビ向け教材プログラミングの開発(アナンドプロジェクト)や、テレックスを介して公共スペースを接続するテレックスQ&Aなど、伝統的な芸術以外のプロジェクトも実施された。マディソンスクエアガーデンでの「100万平方フィートの芸術」インスタレーションも特筆すべきプロジェクトである。   E.A.T.の活動は、展覧会やパフォーマンスを超えて、コミュニケーションネットワーク、教育イニシアチブ、公共芸術への介入を含む幅広い分野に及んでた。EATEXディレクトリプロジェクトにおける分散型コミュニケーションへの移行は、インターネット以前の時代におけるネットワークとコラボレーションに対する先見の明のあるアプローチを反映している。タイムシェアリングコンピューターデータバンクやテレックスネットワークの探求は、創造的なコラボレーションにおける地理的な障壁を克服するためにテクノロジーを活用することへの初期の関心を示している。 芸術と技術の分野におけるE.A.T.の足跡 さて、これまでみてきたように、E.A.T.の活動期間中およびその後の、芸術と技術における広範な影響を評価することは極めて重要であるといえよう。 アーティストとエンジニアリングの世界を結びつけるという発想は、E.A.T.独自のものではない。同時期のアメリカ西海岸でも、ロサンゼルス郡立美術館の学芸員モーリス・タックマンが企画した「アート・アンド・テクノロジー・プロジェクト」(1967-71)では、アーティストが企業に滞在して技術力を活かした作品制作を行った。1930年代初頭には、ロックフェラーやIBMがモダン・アートの発展に経済的に関与していた。しかし、E.A.T.が行ったのは、企業フィランソロフィーの増進でも資金提供者の斡旋でもなく、人と人、才能と才能の出会いを組織者の情熱とわずかなルールに基づいて条件づけることだった(※)態度が大きく違うのである。 E.A.T.は、1966年(一部の情報源では1967年)から1970年代半ばまでを中心に活動し、一部のプロジェクトは1990年代まで継続している。芸術家とエンジニアの学際的協力を先駆的に促進したことで知られ、ビデオ投影、ワイヤレス音響伝送、ドップラーソナーといった新技術を芸術表現に取り入れる役割を果たした。また、パフォーマンスアート、実験音楽、演劇などの分野にも多大な影響を与え、その遺産は現代のメディアアートやアートサイエンス運動にも深く関連付けられている。 E.A.T.以前は、芸術とテクノロジー分野の協力は一般的ではなかったが、この組織は芸術家とエンジニアが対等に協力できる枠組みやプラットフォームを提供した。さらに、E.A.T.は最終的な芸術作品だけでなく、協力のプロセス自体を重視した点でも革新的であったのだ。 E.A.T.の影響は、現代のデジタルアーティストが日常的にマルチメディアとテクノロジーを作品に取り入れていることからも明らかである。例えば、Google Arts & Cultureの「アーティスト+マシン・インテリジェンス」プログラムやMicrosoft Researchのアーティスト・イン・レジデンス制度は、1960年代にE.A.T.が提唱した協働モデルを現代的に再解釈し、最先端技術をアーティストが活用する場を提供している。さらにArs Electronicaは、E.A.T.が強調した「環境美学」や「テクノロジーと人間の共生」を、現代の多様な専門家たちが集う場で再考・発展させている。 また、E.A.T.の提唱した「環境美学」は、芸術、テクノロジー、生態学の交差点において現代の重要な議論につながっている。これは、アートが視覚表現を超え、環境や社会に対する影響を考える新たな視点を提供することを示しており、現代社会におけるデジタル化の深化の中で、その価値はますます重要になっている。 E.A.T.の理念はベル研究所をはじめとする多くの科学技術研究機関と芸術家の協力関係の基盤となり、現代のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムにも継承されている。ノキア・ベル研究所におけるベン・ニールの活動やSTEAM(科学、技術、工学、芸術、数学)イニシアチブはその代表的な例である。 しかし、1973年にはE.A.T.の中心的活動であった「テクニカルサービスプログラム」が中止された。このプログラム終了の背景には、ペプシ館プロジェクトにおける財政難や運営上の意見の不一致などがあり、E.A.T.の運営モデルや活動の方向性が変化した転換点とも捉えられる。 E.A.T.はその運営が停止した後も、アーカイブ化や歴史的評価を通じて永続的な影響力を保っている。芸術とテクノロジーの協力を正当化し推進したE.A.T.の業績は、今日においても芸術の役割やその社会的意義を再定義する上で欠かせない視点を提供し続けているといえる。 E.A.T.以降、芸術と技術、或いは芸術と科学のゆくえ ここまでの調査も踏まえながら、ここでは、芸術と技術の創発について、改めて捉え直していきたい。 1960~70年代におけるE.A.T.に象徴される芸術と技術の協働運動は、芸術家と技術者が対等に協力し、「テクノロジーを人間的にする(make technology human)」という明確な理想を掲げていた。この運動では、異分野の専門家が共同作業を通じて社会的な連帯を築き、技術社会に人間的価値を与えようとしていた。 しかし、1980年に美術評論家ジャック・バーナムは「アートとテクノロジー:万能薬は失敗した(※4)」と述べ、芸術と技術の協働が期待通りの革新を生まなかったと厳しく批評している。1970年代末以降、技術と芸術の協働は徐々に失速し、1980年代には市場主導の消費文化が主流となったことで、技術は商品化され、人々は個々の消費者として孤立化した。結果として、公共的な共同性や社会変革を目指す創造性の意義は薄れ、芸術は商業化とブランド化に取り込まれてしまった。 この過程で失われたものの一つは、異分野協働の精神である。技術は一方向的に提供される商品となり、真の意味での学際的共創が減少した。さらに、コミュニティの連帯感も弱まり、創造的想像力やユートピア的な未来ビジョンといった批評的機能が市場消費的なイメージに置き換わった。技術革新への人文的・創造的な介入も困難になった。 一方で、現代のアートコレクティブにはE.A.T.から継承された要素がある。特に、新素材や最新テクノロジーを積極的に取り入れ、技術環境を探究や実験の対象として捉える学際的な協働精神、プロセス重視のアプローチ、没入型環境やインタラクティブな体験によって観客の能動的参加を促す姿勢などがそれである。しかし同時に、現代のアートコレクティブは企業との協働が増えるにつれて、技術のエンターテインメント性や商業的成功に傾きがちであり、E.A.T.が強調した社会的・環境的課題への批評的視点や倫理的・哲学的な議論は軽視される傾向も見られる。 E.A.T.の遺産を現代において本質的に発展させるには、技術的革新を追求するだけでなく、社会的・倫理的な視点から技術が社会や環境に与える影響を批評的に再考する必要がある。 現代のアートコレクティブがその本来的な価値を取り戻し、人間とテクノロジーの健全な共生関係を築くためには、この批評的再検討が不可欠な課題となるのではないだろうか

I. 序論II. 個別作品の解説Core -2024-虚実の壁 / The Wall Between Truth and Fake -2023-私利私欲大曼荼羅 -2022-III. 作品間の共通点IV. 芸術的および表現の系譜A. キネティック・アートとサウンド・アートB. 現代美術における東洋哲学の原理C. 芸術表現におけるテクノロジーとデジタルメディアD. 没入型で概念主導の形式としてのインスタレーション・アートE. アートにおけるリパーパスされた素材と日常的なオブジェクトの使用F. 古代のシンボルの現代的な解釈V. 結論 I. 序論 本稿では、ARTIFACTによる過去作品、「Core -2024」、「虚実の壁 / The Wall Between Truth and Fake -2023」、そして「私利私欲大曼荼羅 -2022」を取り上げ、それらの間に見られる共通点を考察し、さらにそれらがどのような芸術表現の系譜を踏んでいるのかを分析する。これらの作品は、それぞれ異なるメディアとテーマを扱っているように見えるが、根底には現代社会における人間存在や認識、そして伝統と革新の融合といった共通の関心が示唆されている。また、キネティック・アートの彫刻(「Core」)、リパーパスされたオブジェクトを用いたインスタレーション(「虚実の壁」)、そしてデジタルと自然の要素を融合させた作品(「私利私欲大曼荼羅」)といった多様な表現方法を用いており、多岐にわたる概念を様々な感覚体験を通じて探求しようとする姿勢が窺える。 本稿の目的は、これらの作品を個別に詳細に検討した後、それらを結びつける共通の要素を明らかにし、現代美術史におけるそれらの位置づけを探ることである。 II. 個別作品の解説 Core -2024- 「Core」は、八卦図をモチーフに宇宙と万物の根源的なエネルギーである太極を表現した作品である 。この作品の中心には、八卦を表現したフェナキストスコープが設置されており、その各絵柄は小型カメラによってリアルタイムに捉えられ、潜在拡散モデルによって、各絵柄を示す44.1kHzの音源ファイルが常時生成される 。生成された音源ファイルは、無重力セッションによる Ambient Machine によって動的にリミックスされ、その瞬間の音を生み出し続ける。中心の太極からは、音と八卦の絵柄から生成された光象が空間全体に差し込み、各絵柄の表情は微小に変化し、生成される音も変容していく。絶え間なく生成と循環を繰り返すこのシステムは、宇宙の調和と循環を表現し、視覚と聴覚の分解能では捉えられない何かを心像に生み出す試みと言える 。   初期の映画装置であるフェナキストスコープを、AIとデジタルプロジェクションという最先端技術と組み合わせることで、歴史的な技術と現代的な技術との対話が生まれている。この組み合わせは、時間と知覚の進化というテーマを示唆している 。フェナキストスコープは初期の映像表現と動きの探求を想起させ、一方、AIとデジタルプロジェクションは、現代における視覚的および聴覚的な情報を生成し表示する最新の方法を表している。この並置は意図的である可能性があり、異なる時代の技術的レンズを通して、私たちがどのように世界を知覚し理解するのかを考察させている。   作品の説明にある「絶え間なく生成、循環するシステム」という言葉は、宇宙の絶え間ない流れと相互のつながりという東洋哲学の概念を直接的に反映している 。太極図は陰陽の相互作用を示し、八卦は宇宙の様々な側面を表しており、これらはすべて道教の宇宙論における重要な要素である。この作品は、視覚と聴覚の通常の限界を超えた感覚体験を生み出すことを目指しており、それは直感と精神性を重視する東洋的な考え方と一致する 。   古代の八卦の象徴性と現代のAIおよびキネティック技術の融合は、伝統的な知恵と宇宙に関する現代的な理解を結びつけようとする試みを示唆している。八卦は古代の宇宙論的枠組みを表し、AIは現代の計算能力を体現している。これらの組み合わせは、新しいツールを用いて存在に関する時代を超越した問いを再検討することを象徴している可能性がある。視覚パターンからAIを用いてリアルタイムで音を生成することは、絶えず変化するアートワークを意味し、それは仏教の無常の概念を反映している 。ライブの視覚入力に基づいて絶えずリミックスされるサウンドは、アートワークが二度と完全に繰り返されることがないことを保証し、仏教哲学で説明されている現実の絶え間ない流れを反映している。視覚と聴覚の分解能では捉えられない「心像」を生み出す試みは、合理的な思考を超えて、より深く、おそらく潜在意識的または直感的なレベルで鑑賞者と関わることへの関心を示唆しており、それは直感と精神性を重視する東洋の考え方と一致する 。感覚知覚の限界を押し広げることで、作家は理性的な思考を迂回し、鑑賞者の内なる経験や精神的な意識に直接アクセスすることを目指しているのかもしれない。             この投稿をInstagramで見る                       ɐɹnıɯ ıǝdɯıɥs(@_shimpeimiura)がシェアした投稿 虚実の壁 /

先日、3月14日(金)に開催された「GAIEN-NISHI ART WEEKEND 2025 」のオープニングパーティにて、私も参加する ARTIFACT が演出を努めました。 オープニングパーティで活用した "π Generate System(円周率がアルキメデススパイラルに沿って無限に表示されていく演出)" のテクニカルノートを書いておきたいと思います。(どう実装したか、すぐに忘れるので個人的な備忘録でもあります) この投稿をInstagramで見る WALL_alternative(@wall_alternative)がシェアした投稿 そもそも GAIEN-NISHI ART WEEKEND 2025 とは? 「GAIEN-NISHI ART WEEKEND 2025」は、東京・西麻布に位置する「WALL_alternative」を拠点に、2025年3月14日(金)~16日(日)の3日間にわたり、西麻布・神宮前エリアを中心とした外苑西通り沿いのアートスペースをつなぐ試みです。会期中は、各アートスペースが連携し、展覧会のオープニングを同日に揃えたり、営業時間を延長したりすることで、来場者が複数のアートスペースを巡りやすい環境を提供します。この取り組みは、新たなアートスペースやアーティストとの出会いを促し、地域間の横のつながりを強化することで、東京のアートシーンをさらに盛り上げることを目的としており、昨年初開催されました(※1)。 WALL_alternativeは、現代アートを中心とした作品の展示・販売を行うアートギャラリーを軸に、カウンターバーを併設したオルタナティブ・スペースです。「多様な人々が有機的に混ざり合う夜のたまり場」(※2)をコンセプトに運営されており、常に気鋭の作家の作品と出会える、都内でも類を見ないカルチャースポットといえるでしょう。 今回、WALL_alternativeでの企画展「和を以て景を綴る」の展覧会オープニングとともに、Artist Collective「ARTIFACT」 が、オープニングパーティのプロデュースを担当しました。私はこのプロジェクトにおいて、映像演出のテクニカルおよび表現制作で参加しました。 ※1:GAIEN-NISHI ART WEEKEND2025 ※2:WALL_alternative 《SAN -讃-》 3月14日=3.14=π円周率(π)のように終わりなく続くアートのエネルギーが、 20のギャラリーをひとつの円(縁)で結んでいく。映像、植物、grrrdenとimusによるサウンドスケープ、Marikaによるコントーションを通じて、催しの成功を祈願する象徴的な空間を創り出す。 演出のタイトルは「《SAN -讃-》」。 「3月14日の開催 ✕ アートから生まれる無限のエネルギー ✕ 開催を讃える」の共通項として、「3.14 = π」、「3 =

Touchdesinger でパーティクルを使った絵柄を作ることがあるのですが、どうしてもTDで作成したパーティクルをUE側で作っているシーン上に配置したい時があります。 方法としては、UE側のカメラ映像をTD側にNDIなり、Syphonなりで送ってTD側でブレンドするという選択肢がシンプルですが、画角、奥行きを一致させたい時に少し面倒かと思います。恐らく、カメラ位置をTD⇔UE間で連携させておけば良いのだろうけども、光の当たり方等もUE側のシーンに統一させたい!ということで、単純なブレンドでは無い方法を探ってみました。 一番参考になったのは、以下のチュートリアルです。 一言で説明すると、TD 側で作成したパーティクルの位置、スケール、回転、色のテクスチャなどのデータをSpout経由でUEに送信し、UE側ではNiagaraでインスタンスジオメトリを作成することで、TD側のパーティクルをUE上で再現することができます。 https://youtu.be/DOicfz7vDlM というわけで、実際に試してみました。 結構、いい感じに・・ チュートリアルでは、TD上で、noise TOPからパーティクルの元の情報を構成していますが、今回、私がやりたかったのは、任意の動的に動く画像からパーティクルの元となる情報を生成して、それをUEに連携するという点です。 作成した画像情報を、toptoに接続すると、その画像の解像度分の (r,g,b) 情報が作られ、toptoには、(r0, g0,b0)〜(r指定した解像度, g指定した解像度,b指定した解像度)までのデータが見えます。 最終的に3次元空間に落とし込むために、(r,g,b)→(x,y,z) に変換して、1枚の画像情報としてUEに連携して、UE側で、画像から位置情報を得たいが、このままだと、縦:1、横:指定した解像度×指定した解像度の配列データが、r,g,bそれぞれ256ペア存在することになるので、つまり、256枚の画像データを送ることになり、UE側でNiagaraシステムを256個配置するのか?ってなってしまう・・ こんな馬鹿みたいなことはせずに、冷静にデータ構造を変換したい。そこで、今回は、toptoの後続にshuffle chop を接続して、Method に「Sequence Channel by names」を指定することで、3×指定した解像度×指定した解像度の配列データに変換をして、その後、r,g,bをrx,ry,rzに rename することで、全情報を1枚の画像情報でUE側に連携できるようにしています。 恐らく他にも良い方法はあるのですが、突貫では上記の方法でやりたいことが実現できました。 めでたい。

   -1分、-1時間、-1日、-1週間、-1ヶ月、-1年、あまりにも世界の変化が目まぐるしいが故に 「-1 〇〇」に過ごしていた生活環境、アクセスしていた情報環境、そして、考えていたことの根底が揺らいでおり、ここ最近は、妙な脳内フォグが立ち込めている。    情報技術を手法として選択して何かを創ることに生きがいを見出している自分にとっては創ったものが情報空間に消失していく空虚さを強く実感しており、根底以外に基底をも意識しないと脳と身体が乖離してゆらゆらと時間軸のみが進行する状態で、いまさら始まったことではないが、物理現実を痕跡無く浮遊するだけになってしまうのではないか、手元のスマートフォンの画面に表示されている情報は幻覚なのではないか、この話題は、-n 秒の世界と+n秒の世界を隔てる出来事なのではないかと、謎の脅迫観念にも似たような疑問と、気の抜けない状態、論拠や寂念の不足が次から次へと湧いて出てくるのである。 と、数日だけ思っていた。    冷静に考えると、言葉にならない感動を言語で切り取ることができさえすれば、あとは計算機の力を見方にどこまでも表現を拡張できる時代の到来であり、表現者にとっては、「これまでは手に届かなかったあの作り方」「細部に到達するまでの土台づくり」のような点において、時間軸を圧縮できる恩恵は必ず受け取ることができると考えている。    最近、触ってみた主に映像表現に使えるであろう、機械学習、DeepLearning による手法、ツールのうち、個人的に多用するであろうと思っているのが以下の2つ(これもまた+1〇〇後には、-1〇〇では

2023年の年末から2024年の年初の休み中は、本当にダラダラした. 休みの間には、デジタル機器が身体から離れることはなく、むしろ、Quest3などで遊んだりなどテクノロジー楽観主義に見を委ね、現実にデジタル情報が重畳されたすぐそこにある未来に想いを馳せる時間を過ごしていた. さて、2023年は、様々な方々やメディアが総括するように「生成AI」という言葉が、またたく間に広がり、生成AIとの関係がどうだとか、「共生」や「共創」と言っておけば良いだろうという風潮が何だか溢れかえっていた年だったように思う.表現の均一化、創造性を問う議論、人と機械の対立構造など、泳がせておくには、未だに議論が多すぎるとの認識はありつつも、生成AIは気づいたら作業の隣に存在しており、我々の活動を伴走している. それは視覚表現の巧みさだけではなく、コンセプトやビジョンなど、指示者の指示によっては、より高度で高級な知的活動をも伴走できる存在としてネット空間に鎮座しており、それらに人類が翻弄されるという、新たな時代を迎えたようにも思える. ところで、ネットにアクセスするだけで、虚実に関わらず、”絶え間なく降り注ぐイメージ”が視覚に流れ込み、溢れかえるこの状況は、人間の生物としての特性として(と言って良いのかは定かでは無いが)、視覚優位の我々にとって、現実への認識を負の方向へと変容させる最大の要因になっている可能性がある. 例えば、2023/11/12の日経紙面で報道された「ガザ衝突、偽画像が拡散 生成AIで作成か」のタイトルのニュース(1)のように、偽情報が世論を煽り対立が過激化されるような事例が年々増えている. 偽情報による台湾総統選では既に問題になっているが、これはおそらく今年のアメリカ大統領・議会選挙でも更に加速するのは容易に予想できるだろう. さらに、厄介なことに、偽情報が蔓延すると、真情報を偽情報だと言い張る輩が現れる. 昨年4月、南インドのタミル・ナードゥ州の政治家が、自分の所属する政党が30億ドルの横領に関わっているとして党を糾弾する内容の音声が流出したそうだが(2)、当該の政治家はこれを「機械によって生成されている」としたが、実際には本物の音声だったようだ.このように本物の情報を偽と見なされてしまうことは「嘘つきの配当(liar’s divident)」と呼ばれており、2024年以降、さらにこれが加速すると懸念されている.自分のようなタイプの人間は、偽情報と同様に真の情報に対しても疑心暗鬼になってしまい、自身の内面にしか興味が無くなるということを危惧している. 「情報」とどう向き合うべきなのか、情報リテラシーという言葉では対処できない時代の訪れに、行動と思考の源泉となるは「つくって考えること」しか無いと思ったりしている. こんなことを書きながら、ぼんやり思うのは、「つくって考えること」については、これまで以上に、文脈(Context)と身体性(Embodiment)に鋭敏になることを大切にしたい. この2つに関しては、日々の情報収集と表現活動の両者に関連するのと、前段で触れた真偽が破綻した状況への応答でもあるのだが、 情報収集×文脈の視点については、網羅的に専門家になるということではなく、教養的なものに関しては、情報の前後をふんわり知ること、伝わる情報に編集できることを意識しようかと. 表現活動×文脈に関しては、今更ながらだが、なんとなくこれまでの創作で分かってきたこともあるので、表現、芸術の「史」の延長に位置づけられるように思考を整理していこうと思う. 情報収集×身体性については、可能な限り情報摂取に、何らか身体的経験を取り入れることを大事にしたい.手書き、肌触り.自分の足で経験して口で伝える. 表現活動×身体性については、表現のコンセプトの一部に常に取り入れたく、記号化可能な身体と社会構造の変遷の相関の理解と未知なる記号化された身体性を描くことが1つ(たぶん何言っているかわからないと思うが).もう1つが、A/V表現における身体想起の表現方法を考えたい. ざっと、今年は、こんな感じだろうかね. ※1:「ガザ衝突、偽画像が拡散 生成AIで作成か 100万回以上閲覧の投稿20件 SNSで対立煽る」日本経済新聞、2023年11月12日 ※2:「An Indian politician says scandalous audio clips are AI deepfakes. We had them tested」rest of world、5 JULY 2023 • CHENNAI, INDIA.

俳句というものが江戸時代の人びとの場合、記録の枠割を持っていたのじゃないかと思います。とくに旅をした場合、行った先で一句書きとめておく。絵ごころがある人だとスケッチを描くわけですが、俳句にはそういう記録性という実用機能があって、あとでその俳句を見れば旅先の情景なり体験なりを思い出すインデックスになる。いまの日本人は旅行に行くときにはかならずカメラをぶらさげていって、行く先々でパチパチ撮っていますね。あれは昔の人の俳句のかわりだろうと思うんです。 明治メディア考 (エナジー対話)  1979/4/1 前田愛の発言 これは、先日、下北沢のほん吉という古本屋で500円で購入した、小冊子の古書「エナジー対話・明治メディア考」での日本を代表する評論家前田愛と加藤秀俊の対話の一節である。 この一節の通り、カメラと俳句には類似構造があって、まさに写真は現代の俳句だ。 カメラは単純な光学機械に過ぎないが、写真には人の主情が混じっており、俳句における時間軸を決定する季語は、写真においては、例えば、柿の木とその向こうの夕暮れであり、桜の花が散る様子、月が雲に隠れる瞬間など、短い時間の中での美しさや哀しさである。 テキストと画像。異なるメディアではあるものの本質的には同じであり、俳句は詠むものがその場で捉えた情景のスチール写真なのだ。 日本文化特有の表現として面白い点の1つが、こういった離散的に時間を切り取るところにある。 日本の伝統的な詩や文学には、簡潔に情景や情感を伝える技法が求められ、俳句や川柳など、少ない言葉で深い意味を持たせる詩的表現が好まれる背景には、省略の技法や間(ま)という概念がその根底にはある。 さらに視野を広げて、俳句以外にも、目を向けてみると、能における鼓のポンと入る音、歌舞伎における見得などにも共通項がある。 視聴覚を使って、空間と時間を一瞬、停止させることで、その瞬間のドラマや美が際立てられる。これは、連続する時間の中で一つの瞬間を切り取り、観客の注意をその点に集中させる技法とも言える。 このような感性や価値観は、日本特有の日常生活や自然との関わりの中で培われ、伝統的な芸術や文学においても色濃く反映されていることが分かる。 今日におけるニューメディアを活用した表現方法にも継承されるべきであり、制作において頭の片隅に置いておきたいと思った。

2022年もあと2日。 今年も皆さん大変お世話になりました。 現業も個人制作も2021年よりも新しい挑戦の機会に恵まれて、今、振り返ると本当に挑戦してよかったと思える1年だったと思います。 正直、体力も精神的にも結構ギリギリな時もありましたが、やり切った後の充実感は何ものにも代え難いっすね。 さて、そんな1年の活動をドライブさせてくれた、個人的なベストバイや音楽等をなんとなく書き綴りつつ、年末のご挨拶とさせて頂きます。 制作のお供関連 RTX4090 待ち望んだNVIDIA 40番台です。買う前は、正直、コスパ悪いのでは?と思ってましたが、やっぱり買ってよかったです。 Unity、UnrealEngine、Resolumeの同時立ち上げも全然余裕だし、今のところ何も面倒なことを気にせずに制作に集中できる環境を手に入れることができました。3090 Ti との性能差が1.5倍程度(FF14ベンチマーク)、Blenderのベンチマークでも1.6倍〜2倍とのことだったのですが、実際に使ってみて確かに快適です。2023年の制作も確実に手助けしてくれるでしょう。本当は、Tiシリーズが出るまで買うのを迷ってたのですが、思い切って買ってしまいました。 Akai Professional USB MIDIコントローラー お次は、6月の Hyper Geek でも使った AKAI の MIDIコン。正直、これ1つあればもう何もいらないと思います。Resolumeでも標準で認識してくれるので、接続後の Controller mapping も楽。まだまだ、使い倒せてないけれども、来年以降もこやつとともに映像パフォーマンスなど頑張ります。2023年は、Resolumeの部分をTouchDesignerに置き換えてパイプラインの革新もしたいなどやりたいことが満載・・ Appleシリコン搭載Macモデル用Touch ID搭載Magic Keyboard HHKB使ってたのですが、Apple純正キーボードに切り替えました。自分の場合、RTX4090搭載のWin機でkeymappingしてストレス無く使えてます。Apple のキーボードのペタペタ感が個人的には作業捗ることを改めて認識。キーボードは収まるまでに何種類か試してたのですが、ようやくこのキーボードに収まりました。テンキー付のため、結構、横長。割と幅のあるデスクだと使いやすいです。 機材関連はこんな感じで、次は作業に欠かせない仕事のお供的な存在達を1つ紹介すると・・ AESOP Sarashina Aromatique Incense 作業する際にお香が欠かせなくて、今年もいろんな種類を試してたのですが、ベストバイは「Aesop Sarashina Aromatique Incense」でした。 ドライでウッディなサンダルウッドと、温かく心地よいスパイスが特徴的で、優しい香りが組み紐のように繊細に伸びて広がるインセンスで、作業の集中に欠かせない香りになってます。まあまあお高いので大事に使ってます。 Music / 音楽 A View of U - Machinedrum 深夜帯の制作作業の時にめっちゃ集中できるBPM。奇才Machinedrumの9作目のアルバム。IDM、UKレイブ、ジャングル、フットワーク、ベース・ミュージックとUSのヒップホップやクラブミュージックの融合が神がかってる作品。横アリの映像制作でほぼ3徹状態だった時にずっと聴いてて捗りました。 Continua - Nosaj Thing ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーのプロデュースでも知られるLAの重要プロデューサー、Nosaj の最新アルバム。Nosajはライゾマの作品で存在を知って、そこからずっと聴いてる。今回のアルバムは、HYUKOHとのコラボが個人的にかなり熱かった

気づいたら 2022年もあと10日弱。 自主制作においても様々な挑戦をする機会を頂くことができ、非常に充実した1年でした。 12月21日に予定していたイベントはやむを得ない事情で出演ができなかったことだけ悔いは残っておりますが、やり切った感は十分にあります! さて、仕事も落ち着いてきたので、自主制作の振り返りをしたいと思います。 今年、挑戦したのは、 UnrealEngine の作品への活用です。 6月に出演させて頂いた Hyper geek #3 では、全て Unreal + Resolumeで制作をしていたのですが、どう制作していたのか聞かれることがありましたので、土台としていた技術部分について簡単に解説しておこうかと思います。  (動画を見返して、映像がだいぶ白飛びしていたので、Post processing とかもっと考えないとなあと思ったり

世界は変化している.21世紀を迎えた人類は,利便性に堕してバランスを逸したモダニズムに,ようやくブレーキをかけつつある.そして,現在,私達の生活空間は,モバイルに象徴されるメディア技術によって,ヴァーチャルなインフラストラクチャーと接続し,新たなリアルを獲得した.しかし,この生活圏は,あまりにも可塑性が高く,過剰に生成し,暴走しがちなのだ.私達は,見えない時空間を再構築する,メディア表現を必要としている.こうした事態に,いま私たちが掲げるキーワードは,バランスの復権だ.人類最古の発明のひとつである車輪にペダルが装着されたのは,19世紀である.私たちは,モダニズムのはじめに立ち戻り,ハイ・テクノロジーと身体が駆動してきたバランス感覚に着目する.自転車は,理性と野生,都市と自然,ヴァーチャルとリアルを接続し,シンプルなバランスの循環を見出す指針となるだろう.「クリティカル・サイクリング宣言」より,情報科学芸術大学大学院(IAMAS)赤松正行教授 様々なテクノロジーを活用して仕事や制作をする私にとって「お前は,テクノロジーに使役されていないか?」は,タスクに追われている時こそ,冷静に自分自身に投げかけている大事な問いである. 上記は,IAMASの赤松教授を中心に行われている「クリティカル・サイクリング宣言」の引用である。キーワードである「バランスの復権」は,ここ数年の趨勢を踏まえると頭の片隅に置いておきたい言葉の一つである. 我々は火を手に入れた時から,テクノロジーととも共生し自身の能力を拡張させてきた。一方で、現代においては、共生というよりテクノロジーに依存しているという状態の方が肌感がある人が多いのではないだろうか. テクノロジーを捨てて,テクノロジーに頼らない生活を強要する話でもなく,あくまでバランス良く共生するにはどうすればいいんだろうかとぼんやり考えている. テクノロジーに依存し,テクノロジーに操作され,テクノロジーに隷属していないか. テクノロジーとのちょうど良い関係ってなんだろうか. 人が本来の人間性を失うことなく,創造性を最大限に発揮するためにはどのようにテクノロジーと付き合っていけば良いのか. こんな疑問とともに,今更ながら、振り返り始めたのが,イリイチの「コンヴィヴィアル」という概念である. コンヴィヴィアルそのものは,特に真新しい概念でもないが,最近,様々な人が議論に取り挙げているなと思っていた. 完全に脳の隅っこに置き去りにしていたのだが,ちゃんと調べてみると,確かに大事な視点は書いてある、という印象であった. コンヴィヴィアルってなんぞやと思う方が大半だと思うので,イリイチが自身の著書「コンヴィヴィアリティのための道具」の内容を備忘としてまとめておきたい. ブラックボックス化された道具が我々の創造的な主体性を退化させる イリイチは,「人間は人間が自ら生み出した技術や制度等の道具に奴隷されている」として,行き過ぎた産業文明を批判している.そして,人間が本来持つ人間性を損なうことなく,他者や自然との関係のなかで自由を享受し,創造性を最大限発揮しながら,共に生きるためのものでなければならないと指摘した.そして,これを「コンヴィヴィアル(convivial)」という言葉で表した.最もコンヴィヴィアルでは無い状態とは,「人間が道具に依存し,道具に操作され,道具に奴隷している状態」である. では,コンヴィヴィアルなテクノロジーとは? イリイチは,その最もわかりやすい例として,「自転車」を挙げている.自転車は人間が主体性を持ちながら,人間の移動能力をエンパワーしてくれる道具の代表例といってもいいだろう. さて,周りや自身の生活を鑑みてみよう.現状,我々は様々なテクノロジーに囲まれ,その恩恵を受けて生活をしている.例えば,たった今,私は,blog ツールを使って,本件について備忘を残しているところであるが,このツールの裏側の仕組みなど全く気にすることなく,文章を書くことができている.このように,ブラックボックス化された道具のおかげで,我々は不自由を感じることなく創造的な活動をできているのだ.一方,不自由を感じなくなればなるほど,ここをこうしたい,もっと別のものがあればいいのになどの,創造的な発想が生まれなくなる.言い換えると,自らが,新しい道具を作り出そうとする主体性が失われていくのであるとイリイチは指摘する. ここで疑問が湧く. では,「人間の自発的な能力や創造性を高めてくれるコンヴィヴィアルな道具」と「人間から主体性を奪い奴隷させてしまう支配的な道具」を分けるものは一体何なのか? 二つの分水嶺と分水嶺を超えて行き過ぎていることを見極めるためには イリイチは,「人間の自発的な能力や創造性を高めてくれるコンヴィヴィアルな道具」と「人間から主体性を奪い奴隷させてしまう支配的な道具」を分けるものが,1つの分岐点ではなく,2つの分水嶺であると述べている. ここについては抽象的な議論であることは否めないが,ある道具を使う中で,ある1つの分かれ道があるのではなく,その道具が人間の能力を拡張してくれるだけの力を持つに至る第1の分水嶺と,それがどこかで力を持ちすぎて,人間から主体性を奪い,人間を操作し,依存,奴隷させてしまう行き過ぎた第2の分水嶺の2つの分水嶺であるとした.不足と過剰の間で,適度なバランスを自らが主体的に保つことが重要なのである. では,道具そのものが持つ力が「第二の分水嶺」を超えて行き過ぎているかどうかを見極める基準はどこにあるのか? この問いに対して,イリイチは6つの視点を挙げており,それらの多次元的なバランス(Multiple Balance)が保たれているかどうかが重要であるとしている. 多元的なバランス(Multiple Balance) を確認するための5つの視点 生物学的退化(Biological Degradation) 「人間と自然環境とのバランスが失われること」である.過剰な道具は,人間を自然環境から遠ざけ,生物として自然環境の中で生きる力を失わせていく. 根源的独占(Radical Monopoly) 過剰な道具はその道具の他に変わるものがない状態を生み,人間をその道具無しには生きていけなくしてしまう.それが「根源的独占」である.これはテクノロジーだけではなく,制度やシステムの過剰な独占も射程に入るとしている.風呂にスマホを持ち込むなどの行動はかなり,典型的な例として挙げられるだろう. 過剰な計画(Overprogramming) 根源的な独占が進むと,人間はどの道具無しではいられない依存状態に陥るだけではなく,予め予定されたルールや計画に従うことしかできなくなってしまうのである.効率の観点で考えると計画やルールは重要だが,過剰な効率化は,人間の主体性を大きく奪い,思考停止させてしまう.「詩的能力(世界にその個人の意味を与える能力)」を決定的に麻痺させるのだ. 二極化(Polarization) このような根源的独占や過剰な計画が進むと,独占する側とされる側,計画する側とされる側の「二極化」した社会構造を生む.無自覚なままに独占され計画された道具に依存し,人間が本来持っている主体性が奪われていくのだ. 陳腐化(Obsolescence) 道具は人間によって更新を繰り返していく.より早く,より効率的にといった背景で,既存の道具は次々と古いものとして必要以上に切り捨てられていないか? フラストレーション(Frustration) 道具がちょうど良い範囲を逸脱して,第二の分水嶺を超えて上記の5つが顕になる前触れは,個人の生活の中でのfrustrationとして現れるはずだと述べている.違和感を敏感に察知するためのアンテナを持つことが重要であり,アンテナを敏感にすることで,上記の脅威を早期発見することができるとイリイチは言う. バランスはどのようにして取り戻すのか 人間と道具のバランスを取り戻すための方法として,イリイチは「科学の非神話化」という考え方を残している.これは,言い換えるとテクノロジーをブラックボックス化しないということである. ブラックボックス化されたテクノロジーは我々をテクノロジーへの妄信や不信を招き,自ら考え判断し意思決定する能力を徐々に奪っていく.極端な例だが,物理学者のリチャード・ファインマンは「What I Cannot Create, I Do Not Understand.」と言ったように、分かることとつくることの両輪で考えている状態が人間と道具のバランスが保たれている,つまり,人と道具の主従が理想の状態といえるのではないだろうか. とは言えども,これはそう簡単なことではない. つくるまではいかなくても,つくるという状態の根底にある「なんで世界はこうなっていないのだろう・・」や「こうあればいいのにな・・」といった、ちょっとした違和感や願望を持つことぐらいで良いのではないか,もいうのが私の意見である. これからもテクノロジーは目まぐるしく変化していく,もちろん何もしなくてもテクノロジーと共に生きてはいけるが,気づかぬ間に現時点の自身はテクノロジーにより制され,自らも意図せぬ状態へと変わってしまっていることもあるだろう(分かりやすいのがSNS中毒など) ガンジーの言葉の「世界」を「テクノロジー」と置き換えて参照すると,テクノロジーによって自分が変えられないようにするために,自ら手を動かすことはやめてはいけないと感じる.そして,それができる方々は是非,その心を持ち続けてほしい. あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。それは世界を変えるためではなく、 世界によって自分が変えられないようにするためである。Mahatma Gandhi 日々の生活の中で,自分自身の認識と世界とのギャップを見過ごさずに,自らが積極的に世界に関わり,時には,つくるという手段を通して世界に問いを投げかける.このような態度を保ち続けたいと改めて思ったのであった.